掲載日: 2025-05-31
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GLP-1受容体作動薬の腎臓を守る効果

 GLP-1受容体作動薬(リラグルチド、デュラグルチド、セマグルチド、チルゼパチドなど)は、2型糖尿病の治療薬として血糖値を下げるために開発されましたが、最近の研究で「腎臓(じんぞう)を守る効果」もあることが分かってきました。これらの薬は血糖や体重、血圧を改善し、腎臓への負担を減らすだけでなく、1) 2) 腎臓そのものを直接保護する作用もあると考えられています。その結果、慢性腎臓病(CKD)の進行3) 4)を遅らせたり、悪化を防いだりする効果が報告されています。

 「リスクを〇%下げる」という表現が出てきますが、これは「薬を使ったグループでは、使わなかったグループに比べて腎臓が悪化した人が〇%少なかった」という意味です。以下では主なGLP-1受容体作動薬ごとに、腎臓へのやさしい効果と臨床試験での具体的な成果(どれくらい腎臓の悪化を防げたか)を、専門用語をできるだけ使わずに分かりやすく説明します。

リラグルチド(例: ビクトーザ®)と腎臓への効果

 リラグルチドは毎日注射するタイプのGLP-1作動薬です。心血管リスクの高い2型糖尿病患者を対象とした大規模臨床試験(LEADER試験)では、リラグルチドを使った患者さんは、腎臓の機能悪化や腎不全などの重大な腎臓イベントの発生率が22%低下しました 5)。具体的には、尿中に大量のタンパク(アルブミン)が出現する「蛋白尿」が新たに起こるのを減らす効果が大きく(約26%減少)、それが全体として腎臓を守る結果につながりました6) 。この薬を使ったグループでは腎臓病の進行が抑えられ、腎機能が悪化する人が明らかに少なかったのです5)7)

 なぜリラグルチドが腎臓に優しいかというと、血糖値を安定させ体重を減らすことで腎臓への負担を軽くする効果に加え、腎臓の中の炎症(えんしょう)や血管の負担を減らす直接的な作用も指摘されています1)2)。研究では、腎臓の機能が少し落ちている患者さんでもリラグルチドは安全に使え、むしろ腎臓と心臓の両方により大きな利益が得られた可能性が示唆されています8)9) 。つまり、リラグルチドは糖尿病の治療だけでなく腎臓の悪化予防にも役立つ薬なのです。

ビクトーザ

デュラグルチド(例: トルリシティ®)と腎臓への効果

トルリシティ

 『デュラグルチドは週に1回の注射で使えるGLP-1作動薬です。5年以上・約1万人の患者さんを追跡した大規模試験(REWIND試験)では、デュラグルチド投与群で腎臓の合併症リスクが約15%減少しました10) 。特に、リラグルチドと同様に新しく大量の尿タンパクが出ること(新規の蛋白尿)の発生を約23%抑える効果が確認されました10) 。この試験では腎臓機能(eGFR)の大きな低下を防ぐ傾向も見られ、総合的に見てデュラグルチドは腎機能悪化の進行を遅らせることが示唆されています 10)

さらに、腎臓の機能がすでに低下している患者さんを対象にした別の研究(AWARD-7試験)では、デュラグルチドを使うと腎機能の低下が著しく抑えられることが報告されました 11)。1年間の治療で、インスリン(グラルギン)を使ったグループでは腎機能(eGFR)が平均で約5.5下がったのに対し、デュラグルチドではほとんど下がらず(平均0.5程度の低下)腎機能が維持されたのです12) 。特に重い蛋白尿があるような患者さんでは、デュラグルチドの高用量群で腎不全への進行や腎機能が大幅に落ちるリスクがインスリン群の半分程度(5.2% vs 10.8%)に抑えられたという結果も出ています 13)。これらのデータから、デュラグルチドは腎臓に優しく、腎機能が低下している方にも比較的安全に使えて腎臓の悪化を防ぐ効果が期待できる薬と言えます。

セマグルチド(例: オゼンピック®〈週1回注射〉/リベルサス®〈毎日内服〉)と腎臓への効果

 セマグルチドは週1回の注射製剤が広く使われており、最近では飲み薬のタイプも登場したGLP-1作動薬です。心血管リスクの高い糖尿病患者を対象とした試験(SUSTAIN-6試験)では、セマグルチドを使用した患者で腎臓の合併症(新たな腎症の悪化)が36%も少なく、プラセボ(薬を使わない偽薬)より腎臓が悪くなる人が大幅に減りました14 。この「腎臓合併症の減少」は主に尿タンパク(アルブミン尿)の増加抑制によるもので、セマグルチドを使った群で新たに尿タンパクが大量に出る患者さんが明らかに減ったことが寄与しています14) 。つまり、セマグルチドは糖尿病による腎臓へのダメージを減らす効果が示唆されたのです。

 さらに注目すべきことに、セマグルチドは糖尿病とCKDを併せ持つ患者さんを対象にした初の本格的な腎臓アウトカム試験(FLOW試験)で、はっきりと腎保護効果を示しました 15)。この大規模研究では平均3.4年の追跡期間中、セマグルチドを使ったグループはプラセボ群に比べて透析が必要になるような腎不全や腎機能の50%低下、腎臓・心血管の死亡といった「重大な腎イベント」のリスクが24%低下しました 16)。言い換えると、セマグルチドを使うことで腎不全や腎機能著減に至る患者さんを約4分の1減らすことができたということです16)。また、腎機能の低下ペースもセマグルチド群で有意に遅く、年間あたりの腎臓機能低下がプラセボよりも緩やかでした17) 。この試験では心臓病や死亡のリスクも減っており、総合的に見てセマグルチドは腎臓と心血管を守る効果があると結論づけられています18)

 こうした強力なエビデンスを受けて、専門家は「2型糖尿病に慢性腎臓病を合併している患者には、セマグルチドなど効果が実証されたGLP-1作動薬を使うことで腎臓病の進行を遅らせられる」と考えるようになっています15)19) 。セマグルチドは血糖コントロールや体重減少にも優れ、心血管イベントの予防効果も報告されていることから、腎臓と全身の両面でメリットが期待できる薬剤です。

オゼンピック リベルサス

チルゼパチド(例: マンジャロ®)と腎臓への効果

マンジヤロ

 チルゼパチドはGLP-1に加えてGIPというホルモン受容体も刺激する「デュアルインクレチン」と呼ばれる新しいタイプの週1回注射薬です。2型糖尿病の血糖降下効果や体重減少効果が非常に高い一方で、腎臓への良い効果も最近の研究で示されつつあります20)21)

 心血管リスクの高い2型糖尿病患者を対象とした試験(SURPASS-4試験)の解析では、チルゼパチドを使った群は腎機能の低下スピードが明らかに遅く、尿中のタンパク排泄量の増加も抑えられました22) 。約2年間の追跡で、腎機能が40%以上悪化したり末期腎不全になったりするリスク(複合腎アウトカム)がチルゼパチド群ではインスリン治療群に比べて42%低く(ハザード比0.58)、ほぼ半分近くまでリスクを減らしたことが報告されています23) 。特に、腎臓が悪化したサインである「新たな大量の尿タンパク(尿アルブミン)」の発生率はチルゼパチド群で半分以下(ハザード比0.41)と顕著に低下しました 20)。これらの結果はまだ「探索的解析(追加分析)」という位置付けではありますが、チルゼパチドが腎臓の状態悪化を抑える効果を持つ可能性を強く示しています20)21)

現在、チルゼパチドについてはCKD患者を対象とした専門の臨床試験は行われていませんが(2025年時点)、SURPASS試験などの結果から「従来の治療よりも腎臓病の進行を遅らせる力があるのではないか」と期待されており、今後さらなる研究が進められる見込みです24)20) 。新しいタイプの薬ですが、すでに腎臓と心血管を守る効果が現れている点は見逃せません。

各薬剤の腎臓への効果比較まとめ

 最後に、代表的なGLP-1受容体作動薬の「腎臓にやさしい効果」を簡単に比較してまとめます。

  • リラグルチド – 腎症の進行リスクを約22%低下 。特に尿タンパクの増加(腎臓悪化のサイン)を有意に減らしました 。
  • デュラグルチド – 腎リスクを約15%低下 。蛋白尿の進行抑制が認められ、腎機能低下のペースも遅らせました 。腎機能が低い患者でも腎機能悪化を半分程度に減らしたとの報告あり 。
  • セマグルチド – 腎リスクを約24~36%低下(試験内容により差異) 。腎不全への進行を抑え、腎機能低下を明らかに遅らせています 。GLP-1作動薬で初めて腎臓保護効果が明確に証明されました 。
  • チルゼパチド – (デュアル作動薬)インスリンとの比較で約42%腎リスク低減 。尿タンパク悪化を半分以下に抑制するなど強い効果の可能性 。今後専用試験で効果確認が期待されています。

以上のように、GLP-1受容体作動薬は糖尿病の薬でありながら腎臓にも優しい作用を持つことが分かってきました。それぞれ多少効果の強さやエビデンスの量に違いはありますが、いずれの薬も腎臓の悪化を防ぎ、腎不全になるリスクを下げる傾向が示されています。特にセマグルチドは専門の腎臓病試験で有効性が証明され、リラグルチドやデュラグルチドも長期試験で腎臓病の進行抑制が確認されています。チルゼパチドも初期データながら非常に有望です。

慢性腎臓病(CKD)を合併する糖尿病患者さんにとって、GLP-1受容体作動薬は血糖コントロールと体重管理だけでなく腎臓を守るという二重のメリットが期待できる治療薬です 。主治医と相談の上、これらの薬の適切な活用を検討することで、将来的な腎臓病の進行を少しでも食い止め、健康寿命を延ばす一助になるかもしれません。

出典(参考文献): 信頼性の高い臨床試験や医学雑誌の報告より (本文中に引用). また、アメリカ腎臓財団や糖尿病学会の情報も参考にしています 。


1)2)8)9)11)12)13)Liraglutide for the Treatment of Type 2 Diabetes and Safety in Diabetic Kidney Disease: Liraglutide and Diabetic Kidney Disease - PMC

3)4)15)19)GLP-1 Receptor Agonists (GLP-1 RAs) | National Kidney Foundation

5)6)7)Liraglutide and renal outcomes in type 2 diabetes

10)Dulaglutide and renal outcomes in type 2 diabetes: an exploratory analysis of the REWINDrandomised, placebo-controlled trial - PubMed

14)SUSTAIN-6 - Wiki Journal Club

16)17)18)Effects of Semaglutide on Chronic Kidney Disease in Patients with Type 2 Diabetes - PubMed

20)21)Tirzepatide Slowed Progression of Chronic Kidney Disease in Patients with Type 2 Diabetes with Increased Cardiovascular Risk | American Diabetes Association

22)23)Effects of tirzepatide versus insulin glargine on kidney outcomes in type 2 diabetes in the SURPASS-4 trial: post-hoc analysis of an open-label, randomised, phase 3 trial - PubMed

24)Tirzepatide and prevention of chronic kidney disease - PMC

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