港南台内科クリニック

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糖尿病を専門に診ていた内科の私が、認知症診察もと思い立った理由(前編)

Date Posted: 2018-04-16

横須賀での医療経験 ~横須賀も今でも大好きです!!~

 以前、横須賀で糖尿病専門の外来をしながら、鶴が丘の三輪医院で在宅医療の手伝いをしておりました。皆さん、横須賀というと猿島や海、軍港を思い浮かべると思いますが、それは横須賀の一部でしかありません。横須賀は実は山がちで、谷戸(やと)地区というものが多く、ちなみに谷戸とは本来、「行き止まりの谷」のことを指し、リアス式海岸のように谷が入り組む地域に開発された、横須賀特有の住宅地です。(横須賀は実は隧道(トンネル)の数も日本一、200個くらいあるといわれています)

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 これが、車が入れない、階段だらけというところに家がたくさんある状況を作り出しました。昨今、人口を膾炙している、横須賀で人口減少が加速度的に進んで限界集落も出現!?といわれている原因の一因でもあります。先ほど触れたように車に乗るまで住民は歩いて上り下りをしなければならいのですが、これが年を取り、病気をするようになると格段に困難になります。

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クロネコ、佐川、郵便局の方々も苦労されていますし、救急車も実は大変です。というのも車が入れないわけですから、100~200段以上の階段を患者さんの搬送に担架で運ばなければならなくなるわけです。

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 実際、在宅医療を手伝い始めてこれがとても大変でした、写真のように、目的の家に訪問するまで階段200段くらいならザラで、車を降りてから15分以上かけて登らなければならないことも良くありました。ただ冬の空気が乾燥して天気の時はその高台から、写真のように基地の向こうにはるかかなたの横浜のランドマークタワーまで眺めることができご褒美のようなときもあります。

 この経験は、その後の医師人生に大きな影響を及ぼしたと考えております。というのも、それまで、糖尿病外来を病院やクリニックで行っていた際も、その患者さんが一体、どうやって、どういう思いで、さらに病院、クリニックに来てからも順番を待ちでさらに待ち、そうしてやっと私の外来来ているか?ということに、正直、思いをはせることはありませんでした。それをこの経験後、頭の片隅ですが、しかし常に考えながら糖尿病外来ができるようになったことでその後の外来のスタイルが成長できたと思い、とても私の財産となっています。

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 また三輪医院での在宅を通して、いろいろな先生と出会い、そこには、リウマチや、小児専門、以前の私のようにフリーランスであるが総合医として研鑽を積み、いまではとても素敵なクリニックを開業している先生方、放射線専門の先生、スポットで形成外科の先生、そして私のように糖尿病を専門としている先生がいましたが、それぞれの専門からの患者さんへのアプローチ、診方をもう一度学べたことも大きかったです。臨床研修制度にて、それぞれをそれなりに人一倍の濃さで学んでいた自負もあり、そういう意味でもともと多面的に診ていれると持っていました。しかしある程度専門が確立したうえで、他の科の先生の診方をもう一度見るとまた違った高さから俯瞰し眺めることができるようになりそれに気づくことができました。さらにその中には仲間と呼べる先生たちもできました。

 そうこうして悪戦苦闘しているうちに、在宅では必ず直面する認知症の患者さんを診ていた際、たまたま、同じ患者さんに介入していた精神科の先生らの加療を間近でみることがことが、内科、糖尿病だけでなく、認知症も診れるようになりたいと思うきっかけとなりました。それまでは 恥ずかしながら、認知症は治る病気でなく、薬はあるかもしれないが治すわけではないのだから、いろいろいわゆる周辺症状(周辺症状BPSDとは周囲の人との関わりのなかで起きてくる症状。暴言や暴力、興奮、抑うつ、不眠、昼夜逆転、幻覚、妄想、せん妄、徘徊、もの取られ妄想、弄便、失禁などで、その人の置かれている環境や、人間関係、性格などが絡み合って起きてくるため、人それぞれ表れ方が違うもの)が出ていても家族、介護者で何とかするしかないのではないかと思っていました。糖尿病の外来時でも認知症の相談を受けても正直わからなかったわけです。ただ在宅医療をしていた精神科の先生の加療で、暴言や幻覚、ものとられ妄想を0(ゼロ)にはできないものの改善し、介護者の負担が軽減していくのを間近に診ることができ、いままでの考えが恥ずかしく感じるくらいに大きく変わりました。(後半に続く キートン山田風)

 ※糖尿病を専門に診ていた内科の私が、認知症診察をトレーニングしようと思い立った理由を書きたいと思い文字を起こしましたが、そうしたらその前に、横須賀で在宅医療を手伝って感じたことだけでそれなりになってしまいましたので、前編、後編にしました。